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2006年 12月 05日
〈ふたつのM-マンガと村上春樹1〉北欧に響く「かめはめ波」
2006年11月21日 ストックホルムの書店で目を疑った。 ボニエール社で出しているマンガ 「MANGA」と書き込まれた大きな丸い紙。その下の棚に「ONE PIECE」「NARUTO」「犬夜叉(やしゃ)」など、日本の人気マンガのスウェーデン語訳がずらりと並んでいる。 スウェーデンでは00年春、「ドラゴンボール」が翻訳された。最初はゆっくりとした売れ行きだったが、02年ごろから急に伸びて、現在4巻で120万冊出ている。人口が908万人の国としては大きな数字だ。 出版したのは19世紀に創業された名門出版社ボニエール・カールソン。同社が発行した日本マンガは現在、「ケロロ軍曹」など15シリーズ、230万冊になった。月刊マンガ誌も2種類。今や同社の売り上げの15%をマンガが占める。この成功に、他の3社がマンガ市場に参入してきた。 ■ ◇ ボニエール・カールソンの担当編集長、アンナ・エークストロムさんによれば、ノルウェー、デンマークなど北欧全体で同じようにマンガ人気が広がっている。 当初は、親や教師から暴力や性の表現に警戒の声もあったが、翻訳作品を選んだためか、今は公立図書館にも置かれている。「こんなに子どもたちに愛されるなんて、私たちも驚いています」 エークストロムさんは12年前、交換留学で日本に行き、高橋留美子のファンになった。「イメージと文字を組み合わせたマンガは、子どもが物語になじむいい窓口になります」 「ほら、これを見て」と渡されたのは、女の子が乗った馬が空を駆ける表紙をつけた文庫本だ。ところどころに数ページのマンガがはさまっている。 「この国の女の子の夢は馬を飼うこと。馬のマンガがないかと日本に問い合わせたら、競馬しかないっていう。それで、スウェーデンの作家と画家に依頼して、物語とマンガを組み合わせたんです」 ■ ◇ マンガの描き方の本を出し、新人賞も始めた。日本語に関心をもった子どものために、マンガで漢字やかなを学ぶシリーズも翻訳している。 翻訳者シモン・ルンドストロムさん(32)は、スウェーデンのオタク第1世代だ。子どものころ、夏休みを過ごしたフランスのテレビで日本アニメの魅力を知った。大学生のときに同好の仲間と研究会を作った。日本には2度、留学した。 「スウェーデンで日本アニメに人気が出始めたのは90年代末。マンガも最初は、日本からきた特殊なものと受け止められていたが、普通の本屋に並んだことで一般に広がった。アメリカのコミックに比べて文学的でキャラクターに魅力がある」 この人気は、日本の生活や若者文化への関心につながった。イエーテボリ大学博士課程に留学中の佐藤吉宗(よしひろ)さん(28)は、ヨンショーピン市の市民講座で日本語を教えている。今春、生徒の高校生から「貸してあげる」と渡されたDVDは、TVドラマ版「電車男」だった。 「日本の情報を、インターネットでほぼ同時に手に入れている。カワイイという言葉はもちろん、ビジュアル系、ゴスロリ(ゴシック・ロリータ)など、日本の流行をよく知っています」 ストックホルム大学では今年、これまで60人ほどだった日本語クラスに、希望者全員を入れたら180人になった。かつては経済に関心のある学生が多かったが、今は日本の若者文化にあこがれる。髪を黒く染めた学生もいるという。 ◇ パリやベルリンの書店ではMURAKAMI(村上春樹)の小説が平台に並び、MANGAコーナーでは立ち読みの姿が見える。ふたつのMに象徴される日本の感性が、世界の若者に浸透している。その向こうにどんな未来が見えるだろうか。 〈ふたつのM-マンガと村上春樹2〉鴎外本、表紙は谷口ジロー 2006年11月21日 フランスでは今、日本文学の翻訳がちょっとしたブームだ。 パリ・モンパルナスの書店。日本文学コーナーの平台には三島由紀夫や村上春樹の小説の横に、高見広春「バトル・ロワイアル」、獅子文六「自由学校」、森鴎外「青年」が並ぶ。「青年」の表紙の絵は、漫画家谷口ジローの描く、はかま姿の書生。現代のエンターテインメントも昭和文学も明治文学も、ここでは同列で新刊ほやほやだ。 パリ第7大学のセシル・サカイ教授によれば、戦前、日本文学の仏訳は珍しかった。60年代でも三島、川端康成、谷崎潤一郎ぐらいだった。 ■ ◇ それが80年代半ばから変わった。アジア関係の出版社ピキエが現代文学に積極的に取り組んだのをきっかけに、読者の中で「日本文学」の位置づけが変化した。90年代からは、小川洋子、村上春樹、村上龍が、日本文学好きの読書人の枠をこえ、普通の読者に読まれるようになった。 「中でもハルキは、この数年でブランド化しています」。02年、派手な広告で知られるベルフォン社に翻訳権が移った。「将来のノーベル文学賞受賞者」と力を入れてPRしており、今年出した「海辺のカフカ」は日本文学としては破格の7万部を超えている。 明治から現代まで地道に目配りしているのは、05年春に始まったロシェ社の「日本選書シリーズ」。林芙美子「浮雲」に始まり、吉行淳之介「夕暮まで」、梅崎春生「幻化」など。谷口ジローが表紙の「青年」はこのシリーズだ。 編集責任者は、パリ日本文化会館図書館で司書をしているラシャ・アバジェットさん。シリア出身。小さいころから文学好きで、仏語、アラビア語、英語でさまざまな小説を読んだ。たまたま谷崎の「富美子の足」を読み、美に対する感性が研ぎ澄まされた社会にひかれて、日本語と日本文学を学んだ。 「林の『浮雲』は1950年ごろの小説ですが、男女の心理に、現代にも通じる深い洞察がある。日本文学を新発見する読者は多いですよ」 谷口ジローを鴎外の表紙に使ったのは、若者の目をひく狙いだ。「今の若者はマンガを通して日本のことをよく知っているんです」 BD(バンド・デシネ)と呼ばれる独自のコミックの伝統があるフランスは、世界でも有数の日本マンガ市場だ。90年代はじめの「AKIRA」、続いて「ドラゴンボール」の大ヒットで急激に成長、この数年も大きく伸びている。 ■ ◇ 日本貿易振興機構によると、フランスの出版社協会が集計した日本マンガの売上高(卸値ベース)は、03年の1814万ユーロ(約27億円)から05年は4695万ユーロ(約71億円)となり、部数は1300万部を超えた。一方、BDは約1.5億ユーロ(約230億円)、3300万冊弱という。 最近は青年マンガへと広がっており、「ブラックジャックによろしく」「藍(あい)より青し」など、タイトルも作者名も日本語のままの表紙も増えている。 70年代から日本アニメを見て育ち、90年代からマンガに親しんだ世代が、日本文学ブームの背景にある。 翻訳家の数も増えた。欧米の翻訳料は日本より低くて、文学の翻訳だけでは暮らしにくい。だが、マンガの翻訳で生活費をかせぎ、好きな小説をじっくり訳す、という話も聞いた。 地下鉄に乗った。前の座席の、30代半ばの女性が何か熱心に読んでいる。少女マンガの「フルーツバスケット」だった。14歳の娘に教えられて、ファンになったという。子どもの流行は、親の世代にも浸透し始めた。 19世紀のジャポニスム人気は、アール・ヌーボーを生んだ。この新ジャポニスムは、何を生むのだろうか。 〈ふたつのM-マンガと村上春樹3〉新旧東西 混在が人気 2006年11月22日 ベルリンで、日本のポップカルチャーの専門店を訪ねた。「NEO TOKYO」。マンガ、アニメのDVD、JポップのCDなどがいっぱい。店員に一番人気のマンガを聞くと「NANA」だった。「男の子はアニメファンが多く、マンガは女の子が多いんだ」 居合わせた実習生シーラさん(20)、店員マリアさん(18)、高校生ナディンさん(16)。それぞれに好きなマンガを聞くと、シーラさんは「ちょびっツ」、マリアさんは「NANA」、ナディンさんは「オセロ。」。Jポップは「カゲロウ(蜉蝣)」「ムック」の名が挙がり、よどみがない。残念だが、私の全く知らないグループだった。 小さいときから日本アニメに親しんできた世代は、異文化にオープンだ。知っている日本語を聞くと、今や世界共通語になった「カワイイ」「ビジュアルケイ(系)」のほか、「ミヤビ(雅)」「ミヤコ(京)」などを挙げた。 「日本の現実の女の子は社会的な制約があって大胆なことができないから、マンガで自由に願望を満たすのではないのかしら。マンガのようにかわいいポーズで、いつも『ふふふ』と笑ってはいないだろうし」。冷めたことを言いながら、「古い伝統と新しいものが混在しながら、若者が新しい流れを作っているニッポンに行ってみたい」と口をそろえる。 ドイツのマンガ市場も急激に伸びている。6対4ぐらいで女性ファン主導といわれ、ボーイズラブものも交じる。マンワ(韓国マンガ)もよく売れている。 ■ ◇ 日本の小説はここ数年、桐野夏生、大沢在昌、東野圭吾らのミステリーが翻訳された。しかし、フランスのように日本文学全体への興味にはつながらず、村上春樹だけが突出して爆発的ともいえる人気だ。どこの書店でも、ドイツの人気作家と同等に扱われている。 南ドイツ新聞の文芸評論家ローター・ミューラーさんは「自分たちのような1950年代生まれには、日本といえば黒沢明の映画や三島由紀夫の小説だった。それを変えたのが村上だ」と語る。 「それまでの日本人のように西欧的な文化におそれや遠慮がない。一方で、日本社会をみつめた『アンダーグラウンド』のように日本とつながっている。西でもあり、同時に東でもあって、『文明の衝突』の対極にある。これは、現代の世界が渇望しているもので、村上は世界の作家だ」と評価する。 ベルリン自由大学のイルメラ・日地谷キルシュネライト教授は「村上の物語は何かが起きても、解決しないまま異界に移って遊びのように漂う。その軽さやあきらめのよさが、意外性もある楽しい物語として受け止められている」。 村上作品は、他の国では「孤独な若者が共感」という反応が圧倒的だが、ドイツでは普通の中年読者も多く、恋愛小説作家と思い込んでいる人もいるようだ。 「NEO TOKYO」で会ったマリアさんは「スプートニクの恋人」を読みかけたが、あとの2人は関心がなさそうだった。ふたつのMの人気はバラバラで、フランスのような共振現象は起きていない。「文化的なブームは日本から中国とインドに移っている」とミューラーさん。 ■ ◇ 「ドイツ語圏における日本学」というシンポジウムが最近、ボンで開かれた。その文学分科会では、大江健三郎、中島敦、大庭みな子、村上春樹と並び、漫画家水木しげるの「異界」についての報告があった。 「純文学だけでは、もはや日本文化をとらえられない。ポップカルチャーの影響が強いJ文学への変化が90年代に日本で騒がれた。その波がようやくドイツに到着した」。フランクフルト大学のリゼット・ゲーパルト教授は、そう考える。 〈ふたつのM-マンガと村上春樹4〉世界に根付く自己表現 2006年11月22日 「うちの学生に、マンガ家がいる」。フランクフルト大学日本学科のゲーパルト教授から教えられ、ドイツ学術交流会の奨学生として先月まで来日していたクリスティーナ・プラーカさん(23)に、東京で会った。 ドイツの少女マンガ誌「DAISUKI」。日本的な少女感覚があふれている 「日本でも本になったら、最高!」と夢を語るドイツのマンガ家クリスティーナ・プラーカさん=東京都内で 05年春にドイツで出版された「YONEN(幼年) BUZZ」は、日独ハーフの主人公ら東京の若者4人によるロックバンドを描く連作だ。これまでに2巻出て、フランスやアメリカでも翻訳されている。 フランクフルト近郊生まれで両親はギリシャからの移民。11歳で、テレビアニメ「アタックNo.1」に夢中になった。14、15歳のころ、日本のマンガが翻訳され始めた。元々、絵を描くのが好きだったが、自分の表現手段はマンガだと考えた。 「アニメやマンガを通して見た日本人は何事にも一生懸命で、一つの目標に向かって集団で協力するところが素晴らしい。私には新しい世界でした。ギリシャ人はのんびりしていて、ドイツ人は個人主義だから」 数カ月間の滞在で、日本人の友だちもできた。「でも、長く日本にいると、あこがれと現実の違いが見えてきた。ドイツを舞台に、ドイツ人が登場するマンガを描いてもいい、と思うようになりました」 ■ ◇ ドイツのマンガ家は女性がほとんどで30人ほど。マンガファンの主流が女性になったのは、ドイツには少女の感性に向き合う文化があまりなかったからという。90年代末に、マンガ「セーラームーン」が入ってきた時、「学校でのストレス、ボーイフレンドとの交際の悩みなど、こんなにも自分たちをわかってくれるものはないと思った」。 フランス文学者の鹿島茂さんによると、マンガは「読者の要求に作者が応える相互的な物語世界」だ。「物語がどんどん密度を濃くする一方で、そうした世界で育った人間が、ある時からマンガで自己表現するようになる」。日本でコミックマーケットを栄えさせた構造だが、それが世界に広がりだした。 ドイツやアメリカなどでマンガの事業展開をしているTOKYOPOPの東京本社ジェネラルマネージャー松橋祥司さんは「アメリカではすでに約100人のマンガ家が生まれた」と説明する。同社は海外のマンガの日本語訳をインターネットで売り始めた。「国や言語でマンガ家を分け隔てはしない。描きたいという欲求が強いのであれば、機会を与えたい」 ■ ◇ フランスでは、同国独自のコミック、BD(バンド・デシネ)の作家もマンガを意識するようになった。BD作家が結成した出版社ラソシアシオンの宣伝担当、セリーヌ・メリエンさんは「うちは自己表現としての作品を手がけている。マンガは商業的すぎる」と前置きし、「他社の若い作家には、感情表現が激しく、背景を描き込まずに余白を生かすなど、マンガの影響が見え始めた」と批判的に語った。 文学では、「村上春樹チルドレン」と呼ばれる作家たちが韓国、中国、イギリス、ウクライナなどで次々に登場している。シンプルな言葉と表現を重ねて「シンプルでない現実を描く」という手法は「読みやすいのに内容は深い。まるでカフカのようだ」(フランスのベルフォン社担当編集者フランソワーズ・トリフォーさん)。新鮮な物語が、表現意欲を刺激するのだ。 ロシアでの圧倒的な村上人気を知る東京大学の沼野充義教授は「ヨーロッパの知識人が好む批判的なスタンスが弱いので、知識層での評価はまだ低い。だが、文学のとらえかた、いわば『ゲームのルール』そのものを変える潜在的な力をもっている」とみる。 同じように「ゲームのルール」を変える力をもつ海外のマンガ家が、登場するのだろうか。 〈ふたつのM-マンガと村上春樹5〉「未来示す」文化に共感 2006年11月24日 「ドキューン」「ドキドキ」「じぃーん」 海外でのマンガの人気は、漢字やかなへの興味をかきたてている 米国のグラフィックノベル売上げ マンガにあふれるオノマトペ(擬音語、擬態語)。マンガが外国語に翻訳される時、それらが日本語のまま残ることがある。当然、読者は関心をもつ。 マンガの描き方を英語で教える本を国内外で販売しているジャパニメ社(グレン・カーディ社長、埼玉県川口市)は、2年前からかなや漢字をマンガで学ぶ英語版シリーズ「Kana de Manga」「Kanji de Manga」の刊行も始めた。主にアメリカで売れ、約7万5000部出ている。 アメリカ人のカーディ社長(41)は「こんなに反響があるとは思わなかった」と喜ぶ。「マンガで料理、など日本文化を紹介する企画も立てています」 海外での日本語学習は、日本が経済大国になるにつれ盛んになった。90年代前半に日本経済が不振になると、人気はやや下向きに。しかし、10年ほど前から、日本のマンガ、アニメに関心を持つ若者によって、アメリカをはじめとして日本語熱はまた上向いた。 北米では、マンガはグラフィックノベルと呼ばれる。02年、価格を引き下げるなどの競争が起こった。その効果もあってか、この数年の伸びは大きい。日本貿易振興機構が現在、集計を進めている最新の市場調査では、グラフのような数字を示している。売り上げのほとんどは日本のマンガによる、という。 「今日アメリカには、現代日本文化を読み解くための、大変よく知られたロゼッタストーンが三つ存在する。アニメ、マンガ、そして村上春樹の小説である」 アメリカ人作家のローランド・ケルツさんは、「群像」12月号にこう書いている(「なぜ日本文学はアメリカで読まれているのか」)。 村上春樹の小説は、日常から幻想へと継ぎ目なしに広がっていく。マンガやアニメは、超現実的な設定で歴史の流れを一から想像し直す。善も悪もあいまいな世界は、ユダヤ=アメリカ教的な二元論的道徳から解き放たれて、「日本式の自由」「世界を万華鏡的に見る自由」を、アメリカの若者に伝えているという。 「境界の消滅したこの世界にあって、時間と場所を超越した物語」を語るのに「日本の作家たちは気味悪いほど向いている」。 東京にあるフランス著作権事務所のコリーヌ・カンタン代表は「フランスではアメリカ的な自由に幻滅し、日本的な自由にあこがれる若者が多い。日本は『未来』を示している」。 世界中で進む社会の変質から分析するのは、評論家の三浦雅士さんだ。「村上さんはアメリカ的なグローバル化の先にある、均一化された消費社会を先取りしてきた」という。 都市社会では、人間が死ぬ存在であるという普遍的なテーマが見失われかけている。「だが、村上作品では日常の生に死の世界が連続しており、従来の宗教では満足できない人々をひきつけた」 それはマンガも同じだ。「自分とは何かとか、世界への違和感、暴力、肉体、死といった、思春期に一番鋭敏になる問題を近未来的に表現してきたのだから」 若者文化は、「世界で同時性を強めており、いわば同時多発文化の時代になった」(慶応大学の巽孝之教授)。「Kana de Manga」のシリーズもわずかな期間で英語からスペイン語、フランス語、スウェーデン語など、6カ国語に翻訳された。 このうねりによって、日本文化の「世界を万華鏡的に見る自由」は、さらに欧米に広がっていく。それを相互理解の深まりとして期待するには、日本の「かわいい」文化の現状が、多くの闇をかかえているのが気にはなるが。 =おわり by jlablog | 2006-12-05 23:08
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